風韻会 ブックレビュー 「竹を吹く人々 ~ 描かれた尺八奏者の歴史と系譜」
風韻会吹奏会へもご参加頂いている泉 武夫師 の著作をご紹介いたします。
東北大学出版会 人文社会科学ライブラリー第2巻
『竹を吹く人々―描かれた尺八奏者の歴史と系譜』(2013年3月刊行)
泉 武夫 著

歴史や芸能に興味のある方は、尺八と聞けば虚無僧を連想する。こうした結びつきはいつできたのだろうか。
ところが、過去の尺八吹きの生きざまや当時の社会との関係などを知りたいと思っても、それを解説する一般向けの書物はなかなかない。
虚無僧の母体となった江戸時代の普化宗が文書を捏造したため、史実がつかみにくくなっているせいでもある。本書では視点を変え、制作時期がわかる絵画作品に残された尺八吹きの姿をていねいに追ってみる。
これに文献資料の読解を加えつつ、古代から近世に至る尺八吹きたちのバラエティー豊かな生態を、歴史文化史的にたどってみたものである。(東北大学出版会ホームページより)

風韻会吹奏会へもご参加頂いている泉 武夫師 の著作をご紹介いたします。
泉 武夫師は『尺八を吹く日本絵画史研究者』のお立場で「絵画のなかの尺八からみる日本文化の意外な側面」を説き明かして下さいました。
古代から中世~近世の各時代で、どのような人々がどのような尺八を吹いていたのか。
そしてそれは当時の人々に何をもたらしていたのか?....
私たちの想像は推測という名の砂漠をただ彷徨うだけです。
しかし、本書で紹介される多数の絵画資料にはそれぞれの時代の庶民が日々の暮らしの中で音楽や芸能を楽しむ様相が見事に描かれています。
そして江戸時代には虚無僧のみに許されていたとされる尺八も、実際には多くの庶民に吹かれていたことが分かります。
文献資料では虚実ないまぜになっている尺八の歴史を、絵画資料を通して想像するという旅の楽しみを本書は与えてくれます。以下に本書の一部をご紹介いたします。
なお、本書は現在は絶版になっておりますが、中古通販ではまだ入手可能なようです。
泉 武夫[イズミタケオ] 1954年宮城県生まれ。東北大学文学部卒。1979年同大学院博士課程後期中退。1996年学位取得(博士(文学))。
大阪市立美術館学芸員、京都国立博物館研究員を経て、東北大学大学院文学研究科教授。
専門は仏画を中心とした日本絵画史。琴古流尺八師範。(書籍刊行当時)

目次
■古代編(敦煌壁画から正倉院へ 物語・説話の中の尺八)
1章.敦煌壁画から正倉院へ
2章.物語・説話の中の尺八

■中世編(中世尺八の登場 風狂の尺八吹き 中世尺八の本格派 ほか)
3章.中世尺八の登場
4章.風狂の尺八吹き
5章.中世尺八の本格派
6章.短笛尺八
7章.こも僧と暮露
8章.初期洛中洛外図の尺八吹き
9章.初期風俗画の尺八吹き
10章.建仁寺の尺八吹きの肖像画
11章.風流踊の尺八
12章.普化尺八の胎動
13章.いまが弥勒の世

■近世編(普化尺八の始動 聖俗二様の尺八 三節切の尺八 ほか)
14章.普化尺八の始動
15章.聖俗二様の尺八
16章.三節切の尺八
17章.江戸前半の尺八吹きの絵姿
18章.虚無僧姿の遊興者たち
19章.普化社会の動向
20章.一節切と三節切のなりゆき
21章.伊達姿・歌舞伎の虚無僧
22章.伊達姿・見立て虚無僧
23章.求道尺八のさけび


■古代編(敦煌壁画から正倉院へ 物語・説話の中の尺八)
1章.敦煌壁画から正倉院へ
天人龍虎蓮華文柱座(てんじんりゅうこれんげもんちゅうざ) 砂石製 北魏時代・太和8年(484)。一辺32.3、高16.7cm 山西省大同市司馬金龍墓出土 山西博物院蔵 華北を統一した北魏の高官の墓から出土した石製品。
(写真及び説明は、九州国立博物館 中国王朝の至宝より抜粋)
『北魏では、地下墓のなかに仮屋を建てる風習があった。仮屋の四隅には、本品のように柱をたてるための礎石をおいた。方形の基台には唐草文や天人を浅く浮彫りし、四方に丸彫りの楽人を配する。基台の上にのる円形の蓮台には龍と虎を半肉彫りであらわす。
本品は、北魏の名家・司馬金龍(しばきんりゅう)の墓から出土したものである。金龍の父・司馬楚之(しばそし)は、もと東晋の宗室であったが、のちに北魏に亡命し、風俗習慣は北魏のそれに同化していったとみられる』
中国 唐時代の宮中音楽は、漢族だけではなく中国に流入する諸民族の音楽も積極的に取り入れ、十種類の楽を取り入れた十部伎が制度化されたと言われており、その中の1つである讌楽(えんがく:俗楽と胡楽を融合したもの)の構成楽器として尺八が登場します。尺八らしき縦笛を吹く楽人の表情にご注目ください。
このように、日本では室町時代あたりが資料探索の限界ですが、楽器としての尺八の歴史はそれよりはるか以前、少なくとも1500年以上昔の時代まで遡れることがわかります。(本文より)
■中世編(中世尺八の登場 風狂の尺八吹き 中世尺八の本格派 ほか)
8章.初期洛中洛外図の尺八吹き
洛中洛外図屏風(歴博甲本 下京隻) 写真は国立歴史民俗博物館/より引用
室町時代後期の当世風俗を描く絵画「洛中洛外図」の中で尺八を吹く「薦(こも)僧」の姿が見られます。
笹文の暖簾のある店屋の前で2人の薦僧が門付けをしている場面と思われます。頭にも何も被らず、茶筅髷粗末な衣をまとい腰に薦を負っています。
脚絆を着けているところを見ると諸所を流して糧を乞う態勢のようです。近世に入ってから虚無僧が托鉢をする様子を眺めると二人で出向くことになっているのですが、それはこの絵にみられるようにすでに室町時代から行われていた方式のようです。(本文より)
■近世編(普化尺八の始動 聖俗二様の尺八 三節切の尺八 ほか)
17章.江戸前半の尺八吹きの絵姿
遊楽図屏風(相応寺屏風) 徳川美術館 写真は徳川美術館/より引用
江戸時代前半、遊興系の尺八吹きの姿は多くの遊楽図に数多く見出すことができます。[中略]遊楽図屏風(相応寺屏風) は尾張徳川家の松平通温(みちまさ)の遺愛品と伝えられるもので八曲一双の絢爛豪華なものですがその左隻には庭前で輪舞に興じる一団が表されています。
中央に音頭取りの数人がおり、座頭の三味線や若衆の鼓に混じって、なんと尺八吹き二人の姿が見えます。(本文より)